連作:暗闇の歌声

(小野不由美:「月の影 影の海」冒頭)
 漆黒の闇、だった。彼女はその中に立ち竦んでいる。どこからか高く澄んだ
(MIKA)
歌声が聞こえてくる。いや、それは人間の声ではないのかもしれない。混乱し
(すぐり)
ながらも、彼女は前に進むことに決めた。真っ暗闇の中、ズンズン進んでいく
(あんどぅ)
といきなりつまづいた。「どこ見て歩いとんじゃボケ!」としゃがれ声で怒鳴
(こるもの)
りつけた。しかし彼女は一体何につまづいたのだろう? その生温かい感触は
(二葉亭)
……やはり死体だった。あの歌声が聞こえると人が死ぬ。王宮直属の特級探偵

(MIKA)
が登場する小説でこんな話を読んだことがあったけれど、あれはどんな結末だ ったろうか、それにしてもなぜ自分はこんな洞窟に迷い込んでしまったのだろ う、と脈絡のない考えが頭に浮かんでは消える。と同時に、自分が悪態をつい た相手が死体であるということに思い当たり、彼女は我知らずかん高い悲鳴を あげていた。
 真っ暗な空間にこだまする彼女の悲鳴は、しかし誰に届くこともなく闇に吸 い込まれていく。まるでその声を栄養源としているかのごとく、さらにあたり の暗さが色を濃くしていくようでもある。

 足から力が抜けしゃがみこんでしまうと、目の前についいましがたつまづい た死体がうすぼんやりと浮かび上がった。もう一度悲鳴をあげそうになった彼 女は、なぜこの暗闇の中でこれが死体であると認識できたのか疑問に思った。 その謎は彼女に冷静さを取り戻させ、暗闇にぼうと浮かび上がる物体をしげし げと観察する余裕を与えた。
 うつぶせなので顔はわからないが死体は大柄な男のもので、頭から血が流れ ている。凶器のたぐいは見あたらず、すぐそばに赤黒い血で汚れている先のと がった岩があった。たぶんこれが死因なのだろう。足をすべらせて転倒し、運 悪くその岩に頭を打ちつけたかどうかしたに違いない。

 暗闇の中でも彼女がそう想像できたのは、彼のからだにびっしりと付着して いる1センチほどのコケのようなものがが発光していて、それが死体の周りを 細部までくっきりと見せているせいだった。
 ヒカリゴケだろうか、と考えて彼女は首を振る。ヒカリゴケはそれそのもの が発光するわけではなく、なんらかの光源がコケの内部に集光し反射するため に光って見えるのである。そのため、あたりに全く光が感じられないこのよう な場所では、光って見えることなどないはずなのだ。

 その発光体の正体を見極めたいという誘惑にかられた彼女がおそるおそる手 を伸ばし、あやしくうごめく細い糸状のものに指先を触れたとたん、それはぶ るぶると規則正しい振動を始め、さきほどかすかに耳にした「歌声」をかなで 始めるではないか。彼女は目の前に死体があるということも忘れ、聞きように よっては美しく魅力にあふれた「歌声」に、しばしうっとりと聞き入っていた。


 どのぐらいそうして耳をかたむけていただろうか、彼女はいつのまにかその 発光体を男の死体からひとつかみすくいあげ、壊れ物を扱うように大事に手の ひらにくるんでいた。
 そして、歌う声にあやつられるようにふらふらと立ち上がり、あてもなく歩 き出す。何時間も真っ暗な洞窟の中をさまよいながら、彼女はいつしか恐怖や 空腹、のどの乾きといった不快な感覚をすべて忘れていった。それは甘美な陶 酔ともいえる心地であった。
 それでもからだの疲労は確実に蓄積する。足はもつれめまいが起こり、平衡 感覚が徐々に失われていく。ついに力尽きくずおれた彼女は、左胸に鋭い痛み を感じて我に返った。うつぶせに倒れた彼女の心臓には、地面から突き出たま るでナイフのようにとがった石がつきたち、背中まで貫通していた。

 薄れゆく意識の中で、彼女は突然すべてを理解した。この発光体は美しい歌 声で人間を呼び寄せ、その行動をあやつり、死に追いやるのだ。そして、その 死体にびっしりととりつき、自らを増殖させ、また「エサ」を呼び寄せる。そ の永遠に繰り返されるであろう営みのすさまじさにおそれおののきながら、彼 女はゆっくりと一個の「物体」に変化していった。





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 ミステリー’zMLで2004年4月から5月にかけてのゴールデンウィーク時期に行われた、「連作大会」に参加したときの私の作品です。ホラー風だけどなんだかよくわからない(笑)物語になってしまいました(^^;。
 作家の作品の冒頭35文字を取り出してそこに数人でメールを回しながら同じく35文字を足していき、最後にオチをつけて仕上げるというなかなかおもしろい趣向でした。また機会があったら参加したいと思います♪



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素材提供:Invisible Green